住宅産業はクレーム産業と言われています。ユーザーからクレームを言われないようにつくろうとすると品質が均質で文句のつけられない材料選定が優先されます。そうなるとどうしても無機質な材料が増えることになります。バラツキがあったり傷が付き易かったり、職人の技量で差が出てしまう自然素材ではとても利潤を追求する住宅産業としては、やっていられないのです。いうなら、自然素材はハウスメーカーにとって『危険水域』。使ってはいけない物なのです。
コスト低下(ハウスメーカーの住宅は安いとは言えないので、利益優先と置き換えてもよいのであるが)のための工期短縮と、省力化、効率化がそれに拍車をかけ、かくして仕上表の上から下までビニール、プラスチックのオンパレードということになってしまったのです。 確かに、メーカーにしてみれば、化学建材は重宝この上ない材料なのかもしれません。ユーザーも『あなたの予算で使える材料はこの程度』と言われ、『自然素材はメンテナンスが大変で扱いきれますか?』と言われてしまうと返答に困り、沈黙せざるを得なくなる。その沈黙のうちに、塩化ビニールは、日本列島に蔓延してしまったのです。
しかし、考えてみてください。
いくら陶器は割れるからと言って、プラスチックの食器で食事をする気になれますか?少し年月を経たプラスチックの食器の貧相さは、食事の味までもおとしめることを皆さん知っています。あれは学生食堂で終わりにしたいのが本音ですよね。
年月を経たビニールクロスや合板建材も同じことで、こびりついた汚れの貧相さは、住む人の人格までもおとしめてしまいます。ビニールクロスが剥がれたり、表面のプラスチック層が剥がれたりすると、もう目も当てられません。自然素材と違い、年月と共に味が出てくるものではなく、年月を追うごとにみすぼらしくなってしまうのがビニールクロスに合板建材、工業建材仕上げの家なのです。これは本皮と合成皮の違いに置き換えて考えれば分かりやすいでしょう。
このような状態を生んだ原因は、ユーザーのサボリも手伝っていると言えるでしょう。車や電化製品と同じように、住宅までを『メンテナンスはせず、壊れたら買い換える対象』としてしまったからです。

大体、お掃除の際にも、あっという間にキレイになることが売りの化学洗剤を用いているわけで、何もかもが石油漬けです。ピカピカしていて、ツルツルしていれば、お掃除したことになるのです。
最近ではダニの温床になるという理由から、畳裏に『防虫シート』を敷くのが常識になっているそうですが、虫の一匹もいない家の方が、本当はゾッとするほど恐いことだとは思わないのでしょうか。このような住宅を生んで、率先してつくり続けているハウスメーカーは、何の権利があって、日本の住宅をここまで無神経なものにしたのかと言いたくなります。しかし現代ではこのハウスメーカーでの家づくりが当たり前どころか憧れになってしまっています。日本の住宅はなぜ25年で壊されてしまうか、少し考えれば分かるはずなのですが…。
無論今では、地域工務店がつくる住宅も五十歩百歩で、『木の家』を売りにしながら、その木を間違った塗装方法によりビニールで包んで平然としている神経は、いったい何なのでしょうか。木は伐られた後も生きて呼吸をしています。それなのにビニールに包まれたのでは、木は呼吸できません。
材料と語らうことのなくなった日本の住宅は、つくづくつまらないものになってしまった、と思われてなりません。 家の価値は、つくり手側がつくりやすいか否かで決まるものではなく、人にとって本当に必要な物かどうかが価値の基準であるはずなのです。